金沢観光案内

 金沢市は石川県のほぼ中央に位置する、山、海、川などの豊かな自然に恵まれた県庁所在地です。加賀百万石前田家の城下町であった風情が今も残る町並に、現代建築が見事に調和し合い、さらに魅力的な美しい街へと生まれ変わりました。
 金沢は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい雨の多い地域で、兼六園や長町武家屋敷跡など、雪化粧した街並みは、さらに風情があり美しいです。
 兼六園のシンボルともいえる「ことじ灯籠」は、霞ヶ池に立っています。 また、毎年冬になると雪つりが行われ独特の風情が楽しめます。雪つりは樹木を雪の重みから守るために行っています。
 市内には浅野川(あさのがわ)と犀川(さいがわ)が流れており、浅野川は「女川」、犀川は「男川」と呼ばれ、金沢市民に親しまれています。


金沢案内 名所編1

 ★兼六園・金沢城
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兼六園
  (兼六園は日本三名園の一つにあげられる金沢城の庭園で、約11万平方メートルの大きさを誇る。前田家5代藩主前田綱紀が、1676年に築いた蓮池庭が前身。1759年「宝暦の大火」によって全焼失したが、15年後11代藩主治脩が再建に着手。ほぼ現在の姿に造園されたのは13代藩主斎泰の時代。)
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石川門
      

 
金沢城公園 金沢城は「石垣の博物館」と呼ばれています。
       

 ・成巽閣
 
 ★歴史スポット
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前田土佐守家資料館
  ・藩老本多蔵品館 
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寺島蔵人邸跡 
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石川県立歴史博物館
  ・尾山神社
 ・妙立寺(通称忍者寺)
  (加賀藩3代藩主前田利常が前田家の祈願所として建立したもので通称忍者寺と呼ばれています。外観は2階建てだが、内部は4階7層となっており、横穴のある井戸や落とし穴階段、仕掛け賽銭箱などの敵を欺く仕掛けが随所に隠されています。)
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金沢市老舗記念館

 ★伝統工芸・伝統文化
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加賀友禅伝統産業会館
 ・長町友禅館(旧彩筆庵)
 ・石川県立伝統産業工芸館
 ・石川県立能楽堂
 ・九谷光仙窯
 ・大樋美術館
 ・金沢市立安江金箔工芸館
  (全国の金箔生産量の99%は金沢で生産されています。銀箔・洋金箔においては100%のシェアを占めています。
   その金箔の製造工程の説明や、金箔を使用した美術工芸品が展示されています。)
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箔巧館
 ・箔座 箔押しの体験もできますよ。
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金沢卯辰山工芸工房 

 ★芸術・文学スポット
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石川県立美術館
 ・金沢市立中村記念美術館
 ・金沢21世紀美術館
 ・石川四高記念文化交流館
 ・泉鏡花記念館
  (文豪と称えられ、また天才とも謳われた作家・泉鏡花が幼少時代を過ごした生家跡に、鏡花の作品や生涯とその生活感覚などが展示されています。)
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徳田秋聲記念館
 ・室生犀星記念館
 ・金沢文芸館
 ・金沢ステンドグラス美術館
 ・金沢市民芸術村

 ★情緒ある町並み
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長町武家屋敷跡
 ・ひがし茶屋街
  (文政3年(1820)に加賀藩が、この近辺に点在していたお茶屋を集めて整備した茶屋街です。石畳の道の両側に紅殻格子のお茶屋が軒を連ね、藩政時代の情緒が色濃く残っています。)
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にし茶屋街
 ・主計町茶屋街(かずえまち)

 ★買う・遊ぶスット
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近江町市場
  (新鮮な魚介類をはじめ、青果、珍味など地元の食材が豊富にそろう市場。350年の歴史を誇るこの市場には190件ほどのお店が集まっており、金沢市民の台所といわれています。)
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金沢百番街
 石川県観光物産館
 ・金沢蓄音器館
  (大正ロマンを基調とした外観の建物に、500台以上の蓄音器と2万枚のSPレコードが展示。一日3回行われる「聴き比べ」や蓄音器の歴史とメカニズムの紹介、定期鑑賞会や各種イベントも行われています。)

金沢案内 名所編2

 兼六園に行った事のある方は、糸田がお薦めする歴史と文学の旅は如何でしょうか。

 浅野川界隈の散策です。

  1.
主計町(かずえまち)茶屋街
  2.泉鏡花記念館
  3.金沢蓄音機館
  4.石川県菓子文化会館(閉館)
  5.金沢文芸館
  6.金沢市立安江金箔工芸館
  7.ひがし茶屋街
  8.徳田秋聲記念館
  9.梅の橋
  10.大樋美術館

 時間がない方また興味のない箇所は、適宜省略して下さい。

   

 アクセス
 金沢駅東口のバス停から橋場町経由〇〇行きのバスに乗り橋場町で下車して下さい。
 お薦めは北陸鉄道の
城下まち金沢周遊バスに乗り橋場町C(交番前)で下車して下さい。路線図はパンフレットをダウンロード願います。
 金沢駅東口3番のりば 始発836分から終発18時まで【12分間隔で運行】
 城下まち金沢周遊バス1日フリー乗車券:金沢市内の観光地巡りに便利な「城下まち金沢周遊」バスをはじめ、路線バス(金沢市内地帯制200円区間)に、500円で1日乗り放題することができます。また、1日フリー乗車券を提示すると、主な金沢市文化施設(パンフレット参照)の入場料金が割引になります(乗車日当日限り)
  

金沢案内 名所編3

 お待たせいたしました。兼六園等の紹介です。

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兼六園とは
  水戸偕楽園(かいらくえん)、岡山後楽園(こうらくえん)とならぶ日本三名園の一つです。兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれています。

 名称の由来
  兼六園は、六勝を兼ね備えているという理由から、文政5年(1822)、奥州白河藩主・松平定信によってその名を与えられました。
  六勝とは、[宏大][幽邃][人力][蒼古][水泉][眺望]のこと。
  宋の時代の書物『洛陽名園記(らくようめいえんき)』には、「洛人云う園圃(えんぽ)の勝相兼ぬる能わざるは六宏大を務るは幽邃少なし、人力勝るは蒼古少なし水泉多きは眺望難し、此の六を兼ねるは惟湖園のみ」という記述があります。
  その伝えるところは、以下の通りです。「庭園では六つのすぐれた景観を兼ね備えることはできない。広々とした様子(宏大)を表そうとすれば、静寂と奥深さ(幽邃)が少なくなってしまう。人の手が加わったところ(人力)には、古びた趣(蒼古)が乏しい。また、滝や池など(水泉)を多くすれば、遠くを眺めることができない」そして、「この六つの景観が共存しているのは湖園(こえん)だけだ」と結ぶのです。
 このすばらしい景観を持した庭園として賞された湖園が兼六園です。

 散策は
六勝コースの他に、私のお薦めとしては、瓢池(ひさごいけ)の横に立つ三芳庵で抹茶でも飲みながらから翠滝(みどりたき)周辺を眺めては如何でしょうか。 
 園内で最も古い時代に作庭されたと言われる瓢池。池の中程がくびれて、瓢箪のような形をしていることからこの名前が付けられました。池の中には不老長寿の島、神仙島をかたどった大小二つの島があります。池の中島に建つ、六重に重ねられた塔が「海石塔」です。3代藩主・利常がつくらせ、金沢城の庭園にあった13層の石塔の一部を移したという説と、朝鮮出兵の際、加藤清正が持ち帰ったものを後に豊臣秀吉が、前田利家に贈ったという説があります。

       
                 写真:瓢池周辺                                            三芳庵

 また時間がある場合は
堪能コースで兼六園を十分に堪能して頂きたいと思います。

 堪能コースMとPの中央にある随身坂口料金所から園外へ出ると、金沢神社の隣に金城霊沢という所があります。
 昔、山芋を掘って売っていた藤五郎という青年がおり、山で芋をほっていると、芋のひげに砂金がついていました。その砂金を洗った泉が「金洗沢(かなあらいざわ)」とよばれ、それが金沢の地名になったといわれています。

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妙立寺(忍者寺)
  武者隠しのある本堂、数多くの隠し階段、切腹の間、そして落とし穴などの仕掛けがあるところから「忍者寺」の通称を持つが、忍者とは無関係。
  三代藩主、前田利常公が金沢城近くから移築建立した寺です。
  拝観には予約(電話でOK)が必要です。
  見学時はショートパンツなどの軽装やサングラスや帽子は禁止。酒気帯び厳禁。幼児の拝観不可となっていますのでご注意を。
  住職のお子様は私の娘と同級生です。(関係ないか)

    
  
  寺町寺院群は江戸時代に一向一揆の対策として、この地に寺院を集めたそうです。寺町寺院群へは繁華街の片町からは徒歩でいけます。この寺町寺院群には忍者寺として知られる妙立寺が観光として有名です。にし茶屋街も近く徒歩でいけます。

 
観光ボランティアガイド
 観光ボランティアガイドと一緒に、金沢のまちを散策してみませんか? 金沢市内(にし茶屋街、長町武家屋敷、ひがし茶屋街)を案内してくれるボランティアガイド「まいどさん」のほか、金沢城・兼六園専属のガイドが揃っています。どの団体もボランティア活動でありプロのガイドではありませんので、交通費等の実費負担のみで観光案内を行っています。

 参考文献 兼六園ホームページ、妙立寺ホームページ 金沢の総合情報きまっし金沢

金沢案内 名所編4

 金沢は、前田家百万石で栄えた城下町であります。
 今回は、武家屋敷跡など城下町の風情を紹介したいと思います。

 香林坊(日銀前)→@前田土佐守家資料館→A金沢市老舗記念館→
 →B武家屋敷跡野村家→C旧加賀藩士高田家跡→D長町友禅館→
 →E金沢市足軽資料館→F尾山神社

    
 
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前田土佐守家資料館
  前田土佐守家資料館は、加賀藩祖前田利家の次男前田利政を家祖とする前田土佐守家所蔵の資料、約9,000点(石川県指定文化財)を保管、その一部を展示する施設です。

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金沢市老舗記念館
  天正7年開業の薬舗「中屋」を移築したこの記念館は藩政時代の面影を今に伝える建物です。1階には当時の店先を再現した「みせの間」があり、座卓、そろばん、帳簿などが商いの様子を伝えています。2階には金沢の伝統産業、町民文化に関する資料が展示されています。

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武家屋敷跡野村家
  代々奉行職を歴任してきた加賀藩士・野村伝兵衛信貞の屋敷跡を公開しており、格式を重んじた当時の様式を見学できます。
  加賀藩のお抱え絵師、狩野派の画人・佐々木泉景による山水画をほどこした襖や、総檜造りの格天井、ギヤマン入りの障子戸など、文化財的な評価も高い屋敷です。

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旧加賀藩士高田家跡
  藩政時代の長屋門を修復し、一般公開しています。敷地内には見事な池泉回遊式庭園を配し、藩政時代の面影を残しています。

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長町友禅館
  加賀友禅の着物や工芸品、工程や歴史資料等の展示の他、 彩色体験、着装体験等の体験プログラムが用意されています。

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金沢市足軽資料館
  長町武家屋敷の一角に足軽屋敷を2棟移築再現した金沢足軽資料館があります。金沢足軽資料館の館内では足軽の生活用品が展示されています。

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尾山神社
  慶長4年(1599年)に加賀藩藩祖前田利家を祭り創建された卯辰八幡宮を、明治6年に卯辰山から現在地に移し、尾山神社としました。尾山神社の神門は明治8年に完成したのですが、神門の和洋中の三様式が取り入れられた五色のギヤマンが綺麗です。
  神社の
神苑は県指定の名勝となっています。



金沢と文学

 作家・詩人等
  金沢出身作家や金沢を舞台とした文学作品を記載しました。お暇な時にお読み下さい。
  先ずは金沢の三文豪(泉鏡花、徳田秋聲、室生犀星)の作品紹介から。

 ★泉鏡花

  幽玄華麗な独特の文体と巧緻を尽くした作風は、川端康成、石川淳、三島由紀夫らに影響を与えた。

  作品紹介
  「義血侠血」
   のちに「滝の白糸」の外題で上演され、新派の代表的狂言の一つとなった作品です。
  「照葉狂言」
   年上の女性と少年という関係の中に、鏡花がしばしば取りあげ母性思慕という主題が存在します。
  「高野聖」
   越前敦賀の旅籠屋で、同宿の僧から、若いとき経験した不思議なざんげ物語を聞くという形式で書かれています。
  「春昼・春昼後刻」
   「高野聖」に並ぶ幻想的な鏡花小説の双璧をなすものです。
  「女系図」
   前編は尾崎紅葉が認めなかった鏡花とすず夫人の同棲が基となっています。
  「白鷺」
   夏目漱石の好意で、初めて朝日新聞に連載された花柳小説です。
  「歌行燈」
   芸術至上主義をうたいあげた鏡花円熟期の名作です。
  「戯曲 夜叉ケ池」
   越前の秘境「夜叉ヶ池」を舞台とした妖怪物です。
  「日本橋」
   「白鷺」に続く花柳界を描いた代表的一作です。
  「戯曲 天守物語」
   日本における耽美的戯曲の最高峰ともいえます。
  「由縁の女」
   川端康成が「最も傑れたものの1つ」と評した長編小説です。
  「眉かくしの霊」
   大正期における鏡花幻想小説の白眉とされているものです。
  「縷紅新草」(るこうしんそう)
   三島由紀夫をして「神仙の域に達している」感嘆せしめた、鏡花最後の作品です。

  金沢が舞台となっている作品
   「義血侠血」「予備兵」「薬草取」「照葉狂言」「由縁の女」「縷紅新草」

 ★徳田秋聲

  「小説の名人」と言わしめた技巧の高さとともに、つねに弱者への視点を忘れぬ、庶民の生活に密着した作風を特徴とします。

  作品紹介
  「足迹」(あしあと)
   崩壊した地方中農一家の離散を背景にしています。
  「微」(かび)
   秋声の文壇的地位が確立したといわれる私小説的な長編です。
  「爛」(ただれ)
   もと娼妓を中心に入り組んだ女達の愛欲の葛藤を描いています。
  「あらくれ」
   不幸な生い立ちをもつ女主人公お島の半生を描いています。
  「或売笑婦の話」(あるばいしょうふのはなし)
   善良な心を持つ一売笑婦の哀愁と諦念の世界を描いています。
  「蒼白い月」
   関西に住む親類を訪ねた時の落莫たる心境を描いています。
  「感傷的の事」
   その死の前年に訪ねた生母の想い出が描かれています。
  「挿話」
   金沢のひがし茶屋街に暮らす女性の生活を描いた大正期名作の一つです。
  「街の踊り場」
   秋声の復活を決めた記念的作品です。
  「仮装人物」
   主人公庸三の姿は、中間者風な「仮装人物」としてとらえられ女主人公の姿は、ゆたかに肉付けされています。
  「縮図」
   舞台は東京は江東の細民街から芳町、白山、千葉や石巻へと広範囲にわたり、庶民的な階層の無数の男女が登場します。

  金沢が舞台となっている作品
  「感傷的の事」「光を追うて」「挿話」「町の踊り場」


 ★室生犀星

  哀愁孤独をうたう抒情詩人として活躍。のち小説に転じ、自らの苦しい半生を題材に自伝的小説を数多く発表した。糸田の母校である野町小学校の大先輩です。校歌を作詞しております。

 作品紹介
 「詩集 抒情小曲集」
  18歳頃からの抒情詩が収録されています。 
 「幼少時代」
   幼年期の体験をすなおに描いた小説家犀星としての処女作です。 
 「性に目覚める頃」
  寺の子として育った主人公の詩と性のめざめを描いた小説です。 
 「蒼白き巣窟」
  娼婦の世界を愛情を持って描いています。 
 「美しき氷河」
  娼婦の姉妹の心情を描いています。 
 「青い猿」
  芥川龍之介の死を題材にしています。 
 「あにいもうと」
  兄と妹の肉親愛を描いた小説で、第一回文芸懇話会賞を得ています。
 「随筆 女ひと」
  晩年の、犀星復活の契機となった作品です。 
 「杏っ子」
  自分の生涯と、娘への愛情と、娘と一体化した爽快な反逆を書いた長編小説で昭和33年度読売文学賞を受賞しています。
 「蜜のあはれ」
  老作家と金魚との会話だけで独立している小説です。
 「かげろふの日記遺文」
  王朝もののかたちをとり、野間文芸賞を受賞しています。
 「告ぐるうた」
  金沢の詩人仲間を書いています。 
 「われはうたへどやぶれかぶれ」
  凄絶な闘病記です。 

 金沢が舞台となっている作品
 「詩集 抒情小曲集」「幼少時代」「性に目覚める頃」「杏っ子」「告ぐるうた」

 次に紹介するのは三文豪を除く方の金沢が舞台となっている作品です。

 ★深田久弥
  石川県加賀市大聖寺町に生まれ、戦後しばらく金沢の浅野川の梅ノ橋近くに住む。   「日本百名山」で第16回読売文学賞を受賞し、昭和43年日本山岳会副会長に就任

  金沢が舞台となっている作品
  「火にも水にも」(昭和28〜29年)金沢城跡・卯辰山

 ★島田清十郎
  我が母校の野町小学校を首席で卒業する。大正8年に発表した長編小説「地上」第一部は、若い読者に迎えられ大ベストセラーとなります。

  金沢が舞台となっている作品
  「地上」第一部(大正8年)にし茶屋街・旧二中
   随筆集「早春」(大正9年)兼六園

 ★中西悟堂
  金沢市長町に生まれ、16歳のとき天台宗の僧籍に入り悟堂と改名します。昭和9年日本野鳥の会を設立し、機関誌「野鳥」を創刊、鳥類の分布を調べ、その愛護につくし、わが国野鳥研究の権威となります。 

  金沢が舞台となっている作品
  短歌 「故郷訪問」(昭和35年)生家跡等

 ★五木寛之
  元金沢市長岡良一氏を父とする夫人の郷里である金沢に在住。「蒼ざめた馬を見よ」(昭和41年)で第56回直木賞を受賞

  金沢が舞台となっている作品
  「古い街の新しい朝」(昭和43年/随筆「風に吹かれて」所収)兼六園 
  「内灘夫人」(昭和43〜44年)内灘
  「朱鷺の墓」(昭和43〜51年)ひがし茶屋街・兼六園
  「聖者が街へやって来た」(昭和45年)香林坊・中央公園
  「小立野刑務所裏」(昭和53年)旧小立野刑務所裏
  「浅の川暮色」(昭和53年)主計町茶屋街
  「風花の人」(昭和54年)尾山町
  「金沢望郷歌」(昭和61〜平成元年)橋場町・香林坊
  「ステッセルのピアノ」(平成5年)旧偕行社

 ★曽野綾子
  戦時疎開中に、石川県立第二高女に通学し、終戦を寺町の休業中の料亭、望月で迎えます。「遠来の客たち」(昭和29年)が第31回芥川賞候補作品に選出され有名に。

  金沢が舞台となっている作品
  「黎明」(昭和30年)兼六園・疎開先(寺町)

 ★高橋治
  金沢美大非常勤講師を8年勤務 「秘伝」(昭和58年)で直木賞受賞

  金沢が舞台となっている作品
  「名もなき道を」(昭和60年)旧「四高」跡
  「石の微笑み」(昭和63年)浅野川

 ★古井由吉
  昭和37年金沢大助手ドイツ語教官となり三年間を金沢市で過す。(昭和45年)第64回芥川賞受賞

  金沢が舞台となっている作品
  「雪の下の蟹」(昭和44年)橋場町
  「陽気な夜まわり」(昭和57年)橋場町

 ★芥川龍之介
  大正13年5月、かねてから交流のあった室生犀星をたずねて金沢へ

  金沢が舞台となっている作品
  短歌「金沢にて」(大正13年)兼六園・卯辰山

 ★井上靖
  昭和2年金沢の第四高等学校理科に入学。昭和24年発表の「闘牛」が芥川賞受賞。
  昭和39年、日本芸術院会員に推され、51年文化勲章を受賞

  金沢が舞台となっている作品
  「川の話」(昭和30年)犀川
  「北の海」(昭和43〜44年)兼六園・旧制四高・W坂・内灘砂丘

 ★竹久夢二
  明治43年に初めて、妻岸たまきの故郷であった金沢を訪れています。
  女子美術学校日本画科の生徒であった笠井彦乃と知り合い、大正6年9月からおよそ3週間、ともに金沢の湯涌温泉に恋の逃避行をしています。

  金沢が舞台となっている作品
  「夢二画集・旅の巻」(明治43年)大手町・長町・野田山
  「山へよする」(大正8年)湯涌温泉
  「出帆」(昭和2年)湯涌温泉

 ★中原中也
  金沢へは明治45年・大正元年に歩兵三十五連隊付軍医として赴任した父と共にやってきて、3年間在住。

  金沢が舞台となっている作品
  「金沢の思ひ出」(昭和11年)兼六園・旧居跡(寺町)

 ★三島由紀夫
  前田藩儒者の橋健三の次女を母として生まれ、昭和三十年に金沢を訪れ、冬の市電が走っていた頃の金沢を「美しい星」に記しています。

  金沢が舞台となっている作品
  「美しい星」(昭和37年)兼六園・尾山神社・内灘

 ★与謝野晶子
  夫与謝野寛とともに、昭和6年と8年と、二度兼六園を訪れて、歌を詠んでいます。

  金沢が舞台となっている作品
  短歌「北陸冬景」(昭和6年)兼六園
  短歌「北陸秋景」(昭和8年)兼六園

 ★唯川恵
  金沢出身の作家で、2001年『肩ごしの恋人』で第126回直木賞を受賞を受賞

  金沢が舞台となっている作品
  「川面を滑る風」

 ★吉田健一 「金沢」   

 ★松本清張 「ゼロの焦点」

 ★山村美沙 「京都・金沢殺人事件」

 ★波津彬子 「雁」

 参考文献 いいねっと金沢



金沢の伝統工芸

  金沢には、藩政時代から培われてきた、伝統・文化・城下町風情が息づいています。
  同時に、数多くの伝承を礎として、わが国では京都に並ぶ伝統工芸王国であり、国内外からも大きな評価を得ています。
  現在、当地において確認されている伝統的工芸品は、26業種とされていますが、本来、人々の暮らしの中に密着し、日常生活で使用されてきたものであります。その意味では、私達にとって当地の生活習慣や文化を感じることが出来る身近な存在と言えるものです。

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金箔
  金沢箔は藩祖前田利家が名護屋の陣中から七尾の工人に箔の製造を命じている文書が残っていることから、利家が金沢に入城する前から箔の職人を七尾に連れてきていたことがわかっています。 
  江戸時代、幕府は元禄9(1696)に箔製造の統制管理を行うなど、金銀の取締りを厳しく行いました。このため、箔の製造に関しては、金箔は江戸、銀箔は京都の箔屋以外には許可されませんでした。
  しかし、金沢では純度を落とすなどして密かに箔打ちが続けられていました。 明治時代にはいり、金沢箔も一時は絶滅の危機に貧しましたが、江戸での金箔作りが完全に途絶えたことと、金沢の箔打ち技術の高さや金沢の気候や水質の良さなどが全国に認められ、金沢箔の基礎が確立していきました。
  以降、三浦彦太郎の創案により、箔打機が完成。金沢は金箔産地として急速な発展を遂げました。
  現在では全国生産高のうち金箔は99%以上、銀箔・洋箔においては100%が金沢産のものとなっています。

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加賀友禅
  加賀友禅の起源は室町時代、加賀独特の加賀友禅の起源は室町時代、加賀独特の技法であった梅染(無地染)にさかのぼります。 かつて加賀は絹の産出国とされていたこともあり、小松産の絹が「加賀絹」として全国に知られるようになりました。加賀友禅は、その加賀絹に施された「加賀染」が源流となっています。 その後、扇絵師として京都で活躍していた宮崎友禅斎が加賀を訪れ、衣装の彩色を手掛けるようになり、「加賀友禅」の名称が生まれました。
 見学施設:
加賀友禅伝統産業会館加賀友禅工房長町友禅館

 ・金沢漆器
  金沢漆器は三代藩主前田利常が、江戸や京都から様々な分野の名工たちを加賀藩細工所に呼び集めた際、その中にいた蒔絵師の五十嵐道甫や清水九兵衛により技術が伝えられました。このように加賀藩によって育成された金沢漆器は、貴族文化の優美さに力強い武家文化が加わった独特の漆工芸となりました。
  この技術は加賀藩細工所や町方の門人、師弟に伝授され、江戸、明治、大正、昭和を経て今日まで継承されています。
  現在では、蒔絵師が大半をしめており、今後は木地師の育成に力をいれていきたいとしています。

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加賀象嵌
  象嵌(ぞうがん)は、金属、陶磁器、木材などに模様を刻み込み、そこに金銀その他の材料をはめ込んで装飾を施した工芸品のことです。加賀象嵌は金属象嵌で、17世紀初期に藩主が京都から招いた後藤琢乗(ごとうたくじょう)が伝えた彫金技術が源流になっています。明治維新後は廃刀令などによって、需要の中心だった装剣具が無用となり、業界は大きな打撃を受けましたが、金沢市の振興策によって花瓶、香炉、置物などの制作に力が入れられました。 

 ・陶芸(
九谷焼大樋焼
  金沢九谷は、約200年前から今日に至るまで、九谷らしい華麗な色絵を一貫して重んじ、新たな技術の開発に研鑚し続けています。現在、金沢九谷を代表とする木米風の絵柄は、他の伝統的絵柄と共に長く愛されています。
  大樋焼は寛文6年(1666年)加賀藩主五代前田綱紀候の命により裏千家始祖である仙叟宗室を茶道普及のために招聘した際に初代大樋長左衛門がともに京都から金沢に同道したことに始まります。
  楽家四代(一入)の最高弟子であった長左衛門は大樋村(現金沢市大樋町)に適した土を見いだし、茶道のための茶碗や水指などを制作しました。このことにより大樋焼と称されるようになりました。以来、大樋焼は加賀藩の保護や裏千家を中心とした千家茶道に支えられ、およそ330年以上に渡る今日まで続いてきています。

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加賀水引細工
  加賀水引は元来人に物を贈るときの敬いのしるしとして、主に祝事に用いられました。 加賀百万石を誇る加賀藩の気質によって、水引は次第に実用品よりもむしろ装飾品として用いられるようになり、金沢の伝統工芸品として受け継がれてきました。現在では水引は技術も進歩し、松竹梅・鶴・亀といった結納飾りだけではなく創意工夫にあふれた多彩な水引があります。

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加賀繍(加賀刺繍)
  加賀繍は室町時代初期に、加賀地方への仏教の布教とともに、主に仏前の打敷(うちしき)や僧侶のお袈裟(けさ)など、装飾の技法として京都から伝えられました。藩政時代に入り、加賀繍は藩主の陣羽織や装飾品などに施され、奥方たちの着物にも用いられるようになりました。 文化学問を重んじ奨励した加賀藩の歴代藩主の手厚い保護により、「加賀の金箔」「加賀の友禅」と並ぶ「加賀の繍」として、独自の発展と完成を遂げました。

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桐工芸竹工芸
  金沢は古くからの桐の集散地でした。金沢における桐工芸の起源は室町時代からとも江戸時代からとも言われています。
 明治20年代に加賀蒔絵(かがまきえ)の巨匠、大垣昌訓(おおがきしょうくん)が桐火鉢に蒔絵を施す技法を考案しました。木目の肌に華麗な蒔絵が調和し、金沢桐火鉢として全国で評判となりました。現在は火鉢の需要が激減し、花器や菓子器、喫煙具などの工芸品への転換がはかられました。
  竹は清楚、簡潔を尊ぶ日本人の好みに合った植物として、古くから松と梅とを組み合わせで吉祥の象徴として親しまれてきました。加賀藩細工所にも数人の竹工が従事していたといわれ、茶道具や華道の隆盛とともに芸術的な竹工芸の技術が発展しました。 現在では竹の長所を生かした網代編み主体の高度な技法を用いた文様編みの茶道具や花器などが作られています。

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加賀毛針
  日本の毛針は加賀と土佐、播州に発達した鮎釣り専用の針です。 加賀藩では武士の特権として川狩りを奨励していたことから、武士がさまざまな針を考案し、内職として鮎毛針を作ったとされています。加賀毛針の原材料には野鳥の鴛鴦やカワセミ、真鴨などの羽毛を使い、接合部分に漆や金箔を施されていることが特徴です。

 参考文献 金沢伝統工芸ネット 石川新情報書府他

金沢の伝統芸能

 ★金沢素囃子(かなざわすばやし)
  金沢市の無形文化財に指定されている金沢素囃子は、加賀百万石が誇る伝統芸能であり、その格調の高さは全国でもトップレベルの評価を得ています。素囃子とは、長唄、常盤津、清元などの邦楽や舞踊から囃子のみが独立した、謡や舞の入らない演奏形式のことをいいます。金沢の奥深い文化を代表する粋で雅びな金沢素囃子は、時代の風潮にも決して惑わされることなく、ひがし・にし・主計町の三茶屋街において金沢
芸妓(げいぎ)によって綿々と受け継がれています。

 ★
金沢芸妓
  百万石の昔から花街として栄えた、ひがし・にし・主計町の三茶屋街。今もその佇まいとともに、芸妓たちの熟達のお座敷芸が継承されています。通常は一見さんお断りですが、金沢芸妓のほんものの芸に触れてもらうため、三茶屋街料亭組合の協力でお座敷体験が可能です。 
  三茶屋街交互に開催する「
金沢芸妓のほんものの芸にふれる旅」は、唄や踊りのほか、お座敷太鼓やお座敷遊びを芸妓さんが手をとって教えてくれる楽しい催しです。
  如何でしょうか。 
  毎年人気の「金沢芸妓のほんものの芸にふれる旅」の受付が5月25日より開始されました。主催/金沢市、金沢市観光協会、東・西・主計町料亭組合
 【問い合わせ先】金沢市観光協会  TEL076-232-5555(電話受付時間/平日9001730)毎回の定員は30名です。(先着順) 

 ★
能楽宝生流
  加賀藩が保護した、由緒正しい能文化。5代将軍の徳川綱吉の影響により、加賀前田藩の当時藩主の前田綱紀が奨励したのが始まりで、「加賀で広まった宝生流の能」と言う事で、この名で呼ばれました。現在、「石川県立能楽堂」でその文化が息づいています。面が何よりも特徴的です。小京都を代表する、伝統文化ですので、是非一度ご覧下さい。
  能楽宝生流の貴重な能面や装束を収蔵展示している「
金沢能楽美術館」では、()金沢能楽会の協力により、秋から冬の土曜日に「能にふれる旅・金沢」と題し、能楽体験を実施しています。(延べ14回程度、実施日時はお問合せください)定員110名。
  要予約(月曜定休)
  ◆所要時間:約60
  ◆体験料金:1,000 
  金沢能楽美術館 金沢市広坂1-2-25  TEL076-220-2790

  では、ここで一曲 北島三郎さんの「加賀の女」より
   謡曲(うた)がふるふる 加賀宝生(かがほうしょう)の
   木漏れ日青い いしだたみ ああ 金沢は 金沢は ・・・

金沢 茶道と和菓子

 ◆茶道
  前田利家は、茶道の大成者である千利休や織田有楽に学び、加賀藩に茶道の文化を定着させ、諸大名などを招いて頻繁に茶会を開くようになりました。
  江戸時代に入り、利休から派生した茶道は三人の孫に引き継がれ表千家・裏千家・武者小路千家の三派に別れました。
  三代藩主利常が、裏千家の千宗室・仙叟(せんそうしつ・せんそう)を指南として招いたことで、加賀藩に裏千家が普及しました。五代藩主綱紀のころになると、職人や町人までもがお茶の作法を身につけるほど、幅広い層にまで広がっていきました。
  金沢には多くの茶室があり、一般の方も利用できます。
  詳しくは
金沢市茶室総合案内を参照願います。

 ◆
和菓子
  古くから栄えた茶の湯の文化は、金沢に和菓子の発展をもたらしました。
  その和菓子は、いつしか庶民の生活に浸透し、四季折々の場面や人生の節目になくてはならないものとなっています。
  味はもちろんのこと、見た目にも楽しませてくれる和菓子の数々。そこには、伝統的な職人の卓越した技と、この地ならではの美意識、そして、もてなしの心が集結しており、金沢が誇る食文化の代表的な一つとなっています。
  金沢は、京都、松江と並んで日本三大菓子処の一つと言われています。
  金沢は和菓子の購入量と消費量が日本一です。

 金沢市には、お茶室の見学、茶道具の鑑賞、お茶や和菓子作りを楽しむなどの体験ができる施設があります。
 詳しくは
なんでも体験プログラムを参照願います。
 お茶とお菓子、酒と食、伝統工芸、伝統芸能等の色んな体験をしてみては如何でしょうか。

 是非、金沢へ
きまっし

金沢 食文化

 ◆発酵食品
  金沢の珍味として人気が高いのが、ゴマフグやサバフグなどで作られる「ふぐの糠漬け・粕漬け」です。日本国内で唯一、石川県だけが作ることを許可されている特別な珍味です。
  これらの加工・保存法がいつ頃からできたのか定かではないが、北前船が北海道方面から運んできたふぐやにしんなどの塩蔵魚を、船中食や冬の保存食として糠に漬けたのが始まりではないかといわれています。
  私のお薦めは「
ふぐ糠漬粕漬製造本舗あら与」の「ふぐの子(卵巣)ぬか漬」です。ほかほかのご飯にふぐの子糠漬をのっけて・・・お茶漬けも最高。酒のお供には「ふぐ粕漬」で一杯!。
  東京農業大学教授の小泉武夫博士が、わが国を代表する「
食の世界遺産」の第一号にあげております。また、「この地球で最も珍奇な食べものはなにか?」の質問に迷わず「それは日本にある毒抜き発酵食品のふぐの卵巣のぬか漬」と答えています。
 
 ◆地酒
  金沢の酒の特徴としては、純米酒、吟醸酒などの品質の高い洗練された酒が多いことが挙げられます。金沢の飲食店ではほとんどの店が地元の酒を扱っていますから、ぜひ、食事とともに味わってみてください。
  一般的なお薦めは地元の「
菊姫」「常きげん」ですが、最近は全く飲んでいませんので(肝臓移植前は2升ほど飲めたのですが)、詳しくは酒屋でお問合せ願います。
  NHKプロフェッショナル仕事の流儀に出演された農口尚彦氏は「菊姫」を日本を代表する銘酒に育て上げたことはもちろんのこと、中でも全国清酒鑑評会において、連続12回、通算24回の金賞受賞に輝き、酒造りの名人として広く知られています。「菊姫」定年退職後は、鹿野酒造の「常きげん」等に係わっておられます。 

 ◆大野醤油
  金沢港近くの大野地区は藩政時代より醤油づくりが盛んに行われており、千葉県の野田や銚子、兵庫県の竜野などと並ぶ醤油の産地です。
大野醤油の特徴はうまみとまろやかさにあり、特に刺身など魚料理によく合います。

 ◆じぶ煮
  金沢の郷土料理としてまず挙げられるのが「じぶ煮」です。小麦粉をまぶした鴨肉または鶏肉と、金沢独特のすだれ麩や野菜を甘辛い汁で似た料理で、最後にわさびを添えるのがポイントです。
 濃い目のたれととろりとした肉の甘みにわさびの香りが絶妙に調和します。麩は金沢の特産品のひとつですが、じぶ煮に使われるすだれ麩は、板状に細かい筋目が入った上品な形。料亭や割烹などの和食のお店で味わえます。

 ◆かぶら寿し
  塩に漬け込んだかぶらとブリの切り身を麹で漬け込んだ金沢の冬を代表する味で、贈答品にも多く使われます。かぶらの歯ごたえとブリの甘みを楽しむ贅沢な漬物ですが、家庭で漬けたり、ひいきの店で買い求めたりと、金沢市民には身近な味です。大根とニシンを漬け込む大根寿しは、かぶら寿しよりも手軽な味として親しまれています。

 ◆加賀野菜
  金沢市近郊で古くから栽培されている加賀れんこん、金時草(きんじそう)、源助大根など15品目を総称した呼び名が「加賀野菜」です。加賀料理に欠かせない食材として伝えられてきましたが、昨今のPRの成果もあり、京野菜と並び全国に知られるようになってきました。近江町市場などで販売されており、認定シールが目印です。

 ◆加能ガニ
  日本海の冬の王者、ズワイガニ。石川県では「加能ガニ」と名付けてブランド化を進めています。港から漁場が近い石川では鮮度を保ったまま水揚げできるので味は抜群。青いタグが目印です。近江町市場や金沢港いきいき魚市などから宅配便で送ることができるので豪華なお土産としてもオススメです。その他、甘エビ、ブリなどなど、旬の魚介類は、金沢の食文化を支える食材です。


用水のまち 金沢

 以前、NTT金沢支店長であった笹倉信行氏が通勤地であった金沢の川と用水を趣味で巡ってまとめた「金沢用水散歩」より
 「金沢は水のまちである。他のまちから移ってきた者が、まっさきに気がつくのは、このまちの水の素晴らしさである。浅野川・犀川の川の流れ、他の地域が水不足であっても心配の無い水資源、そして街中の水のある風景である。特に川や用水が繁華街を含め街中を縦横に走り、また、かなりの水量の用水が相当なスピードで流れていく。水路も道路の側に、そして民家の裏庭にと、手を伸ばせば届く位のところにある。こんな風景が他の都市にあるであろうか。」

 金沢の用水の数は55。総延長は、なんと、150kmにもなります。
 これは、戦災にあわなかったため残ったと思われます。

 代表的な用水

 ◆
辰巳用水
  辰巳用水は金沢城防備のため堀に水を引き入れ、城内の飲料水、城下町金沢の防火用水として寛永9年(1632年)に三代藩主前田利常が当時算勘の智に丈けた小松の町人板屋兵四郎に命じて造らせたものです。
  辰巳用水は、山間の辰巳町を起点とし、小立野台地、兼六園をとおり、金沢城あたりまで続く用水です。(名所案内編3で書いた霞ケ池、翠滝、瓢池は辰巳用水を利用しています) 
  この用水のすごいところは、当時では超最先端技術の『逆サイフォン』を利用した用水であります。(逆サイフォン(伏せ越し)とは、サイフォンを逆さにしたものです。水の流れが目に見える開水路がつながっていなくても、ある程度の水位差をもたせることで、入口からは水が吸い込まれるように入っていき、出口からは吹き上がるように水が出てきます。)


    

  2009年に辰巳用水は国史跡に指定されました。

 ◆
鞍月用水
   用水の起源は、平安時代の永延年間(987989)頃と推測されております。
   一部区間は金沢城の外堀(西外惣構堀)にも利用され、慶長4年(1599)前田利長が高山右近に命じて短期間で構築されました。右近はこの3キロに及ぶ惣構をわずか27日間で完成させたと伝わっています。不思議な話だが、数十の工区に分けて、それぞれの責任の武士を決めて競わせ、昼夜を問わぬ突貫工事で、暮れに始めた工事を正月過ぎには完成させてしまったといわれています。

  古くは、かんがい用のほか、城の防火用水や菜種油を搾る水車の動力として利用されていました。現在も金沢市の中心部から北西部の農村地帯までを潤し、市街地では防火用水、下流部では農業用水としての役割を果たしています。
  また、同じく金沢市中心部の武家屋敷跡を流れる大野庄用水が、昔からの情緒と風情を醸し出しているのとは対照的に、鞍月用水は、閑静な住宅街や賑わいのある繁華街を潤し、町並みだけでなく市民の心に安らぎと潤いを与えて続けています。

 ◆
大野庄用水
  大野庄用水は、今から400年前に造られた用水であり加賀百万石金沢城の築城に大きく貢献した。また、生活上の動力源(水車)、潅漑、物資運搬、防火、防御、融雪等多目的用水として、農業や城下町の生活にも重要な役割を担った。  
  戦災を免れたので、藩政時代からの屋敷や土塀が多く残る町中を縦横に流れる清流と豊かな緑に囲まれた森の都金沢は、「用水のまち」とも呼ばれています。

 金沢に来られた時には用水の事を思い出して下さい。

 参考文献 金沢用水散歩 疎水名鑑 
金沢の用水網(農林水産省 疏水百選・金沢疏水群【大野庄・鞍月・辰巳用水】


お土産

 旅行に行って困るのがお土産ですね。そこで金沢のお土産をいくつか紹介いたしましょう。  
 金沢のお土産と言えば和菓子や伝統工芸品や海産物になります。
 和菓子のお土産としては手頃で美味しい圓八(えんぱち)のあんころが人気ですが,中のお餅が固くなるので遅くとも翌日には食べるようにしましょう。日持ちがする和菓子では中田屋のきんつばが金沢のお土産の定番です。
 ちょっと変わったオシャレなお土産として不室屋の宝の麩(お吸い物最中)も人気を集めています。
 西茶屋街にある「かわむら」の甘納豆や長土塀にある松風園茶舗の加賀ほうじ棒茶も金沢のお土産に買って帰るという人が増えてきているようです。
 新鮮な魚をお土産にしたい場合は,
近江町市場で購入できます。

 石川県人がお奨めするお土産ベスト20は下の通りです。

 ランク     項目
  1
位 
圓八のあんころ
  2
位  不室屋のお麩
  3
位  笹寿司(芝寿司)
  3
位  中田屋のきんつば
  5
位  かわむら甘納豆
  5
位  松葉屋の月よみ山路(小松)
  7
位  加賀種の最中
  8
位  五郎島金時
  9
位  加賀藩たかくら千寿大福(津幡)
 10
位  ゴジラ松井サブレ(メジャー松井サブレ)
 11
位  烏骨鶏カステラ
 12
位  とり野菜味噌(まつや)
 12
位  栗天真(浦田)
 12
位  小出の柴舟
 15
位  笹乃雪(浜口長生堂)
 15
位  山上福寿堂(小松)
 15
位  村上の垣穂
 18
位  加賀の白峰(佃の佃煮)
 18
位  高砂屋の巻絹
 18
位  竹内の味噌饅頭(七尾)

 個人的には、やはり圓八のあんころ(他の店でも同じ様な物がありますがお奨めできません)、中田屋のきんつば、佃の佃煮の加賀の白峰、竹内のふっくらですが、糖尿病のため甘い物が食べられず困っています。

 伝統工芸関連のお土産には、金箔(ストラップ・キーホルダー・金箔入り清酒、あぶらとり紙)、加賀友禅(ハンカチ)、漆器(箸、コンパクト・万年筆)、九谷焼(小皿・杯)等があります。
 詳しくはカテゴリー”金沢の伝統工芸”、”金沢案内”名所編1を参考にして下さい。

 上記の和菓子および伝統工芸品は次の場所で購入する事が出来ます。
 
金沢駅百番街めいてつ・エムザ大和(B1F)