13.生体肝移植ドナーとなって(妻の手記)
結婚して20年位経ってから、主人は初めて入院し、それが、2・3年毎に入退院を繰り返す様になってきました。段々と私は、何れは肝硬変から肝癌へと進行し、アルコール注入法で病と戦う、そんな未来になるんだろうなと、漠然と思っていました。
それが、何となくその治療でなく、移植という方法があり、どうもそれに頼ることに成りそうだと言う話が、家族の間で出る様になった時、息子が”父さん、僕があげるよ”と言ってくれました。
そのころ、私達は皆、同じ血液型でないと、駄目だと思っていましたので、それじゃ10年後位にお願いするかと、思っていました。
でも、主人は、とても早い速度で悪く成って行き、肝性脳症*1になってコントロールを失った主人の姿を見せられ、主治医からこのままだと後、6ヶ月の命だと告げられた時、肝臓移植*2と言う言葉が現実のものとなりました。
しかも、脳死の方の肝臓を待つ時間はない、生体肝移植しかないと、私達家族は皆思いました。子供達がインターネットでAB型は誰からも貰えると調べて私に教えてくれました。私がドナーに名乗り出ると息子や長女も名乗り出しました。
二女は小さい頃から、ずっと注射でさえ怖がる子だったので、”名乗りでない事が悪い事では全然ないよ”と彼女に説明しました。
私達3人が先ず適合するかどうか血液検査をしてもらう事になりましたが、その時から既に私の心の中では『私がドナーになる』と決めていました。
肝臓の一部を切り取ったら、将来どの様になるかという事もはっきりせず、息子は二十歳になった所で、これから結婚し、一家の大黒柱となっていかなければいけない。未来のある若者に、体の無理が効かなくなるかもしれない手術は、受けさせたくない。
長女は結婚したばかりで、いくら相手の方々の理解ある言葉を頂いても、大きな傷を付けさせたくない。
それに比べると、私はもう人生を50年以上過ごしてきて、楽しい事も、色々経験してきているし、何よりも今、苦しんでいる主人の多趣味のお陰で、毎年、夏には長野へのキャンプ、大好きなイタリアの指揮者(リッカルド・ムーティ)の演奏を聴きに前橋まで電車で行った事も。主人の勤続30年のご褒美で、寝台特急トワイライトエクスプレスから眺めた日本海の夕日、函館山から見た夜景の綺麗だった事・・・・結構、楽しんできているもの。彼らに、これからの人生、色々と楽しんで貰いたいと思っていました。
そして、全員、検査結果が合格と出ても、私は無理矢理2人にドナーとしての申し出を辞退する様、迫りました。
その結果、私が唯一のドナー希望者となり、色々と検査が始まりました。
その時点では、日本ではドナーの死亡率はゼロだったので、死への恐怖は殆どありませんでした。6ヶ月後に、私の傍らから、彼の姿が見えなくなる。そんな事あり得ない、只それだけでした。
手術の日も迫り、私も、手術の2日前に入院したところ、60歳代のお母さんのドナーとなった30歳代の男の方が、後遺症の腸閉塞になって、入院されていました。ここにきて、私は後遺症の事も説明を受けていたのに、すっかり忘れていて、実際、眼のあたりすると、すっかり怖気づいていました。でも、その方が”ドナーになって、母の元気な姿を見るのはとても嬉しく、あげて良かったと思う”と言われ、心が落ち着きました。
手術当日、私達はお互いにVサインで右と左に別れて手術室に入りました。
目が覚め、一日一日、私は順調に回復していき、術後3日目に主人に会いに行った時、主人を助けてくれる機械の数と、それらが発する音、主人の体に入って来る管・出て行く管の多さに圧倒されたのと、無事な顔を見た瞬間、涙が溢れてきました。
その後、2・3日はとても元気でしたが、それからの2週間は腎不全になったりと結構、大変でした。肝臓を安定させる為、体を動かしてはいけないのでずっと横になったままでしたが、ベッドの角度を15度起こせる様になっただけで、とても大きな喜びだったりしました。
しかし、主人はまだ、現実と妄想の世界を行ったり来たりしていました。
ICUに居た18日間は、これまでの人生の中で、最も長く感じた日々でした。
でも、子供達が代わる代わる来てくれて、主人の肩を揉んだり、足をさすったりしてくれました。後で聞いた話ですが、術後、大変だったのは、私のあげた肝臓が余りにも少なかった為と知り、私が何が何でもドナーになると言った事に対し、自己嫌悪に陥ってしまいましたが、コーディネーターの方に助けて頂きました。
今は、沢山の方々のお陰で、主人も私も元気な日々を送っています。
ドナーになって、本当に良かったと思っています。
お世話になった方々に、心より感謝申し上げます。
本当に有難う御座いました。
平成16年6月
*1 肝性脳症 腸で作られたアンモニアが、肝臓で分解できず、肝臓を通らないルートの血管を通って脳へ行ってしまい、それが原因で、頭がもうろうとしたり、訳が分からないことを口走ったり、意識を失ったりということが起こります。
*2 肝臓移植 肝臓移植には、脳死肝移植と血縁者あるいは配偶者から提供された肝臓の一部を用いる生体肝移植とがあります。