26.肝移植後の晩期合併症(新規悪性腫瘍を中心に) きんかんの会講演資料
金沢大学附属病院 消化器内科 北原征明
はじめに
本邦で生体肝移植が開始されてから約25年が経過しました.この間,手術技術や周術期管理の改善,免疫抑制療法の進歩により,短中期的な予後は向上し安定してきています.しかしながら,長期的には原疾患の再発のみならず,腎機能障害,糖尿病,新規悪性腫瘍(がん)などが移植後の生活の質に大きな影響を及ぼすと考えられます.その中でも特に新規悪性腫瘍は,生命予後に重要な役割を果たします.
一般に,臓器移植後の長期免疫抑制により,悪性腫瘍(がん)の発生リスクが上昇することが疫学的にも確認されています.これらは,@移植後リンパ増殖性疾患(Post Transplantation Lymphoproliferative Disorder:PTLD,悪性リンパ腫など)と,A固形癌(皮膚癌や大腸癌など)に分類され,特に@はEpstein-Barr(EB)ウイルスとの関連が報告されています.免疫抑制剤による発がんの機序については諸説ありますが,このような1) EBウイルスなど特殊なウイルスの関与以外にも,2) 免疫抑制力の低下による腫瘍細胞の増殖,3) 直接的な発がん作用が考えられています.
悪性腫瘍(がん)と免疫
人間はもともと病気と闘う免疫力を持っています.例えば,風邪を引いても治るのはこの免疫力があるからです.風邪は体の外から細菌やウイルスが侵入してきて発症します.免疫力はこれらの病原菌に対して体を守る働きをします.同じように,免疫力はがん細胞に対しても体を守る働きをしています.私たちの体内ではこの免疫力に関係する細胞がパトロールをすることによって,常にがん細胞を探し出し,破壊することによってがんの発生を抑制していると考えられています.がん排除に働く主な細胞として,攻撃部隊であるリンパ球(T細胞)とがんの情報(がん抗原)をリンパ球に教育する司令塔として樹状細胞が知られており,免疫にとって非常に重要な細胞で体全体に分布しています.がんはこの免疫細胞の監視機構が破綻したときにできるというわけです.よってこの免疫力を抑制することで,がんが発生しやすくなることがイメージ出来ると思います.
もっと具体的にイメージするため,レシピエントの免疫細胞がドナーからの移植肝を拒絶するしくみを示しました(前述のがん細胞を移植された肝臓に置き換えただけです).この拒絶を抑えるためにレシピエントは免疫力を抑制することが必要です.
免疫抑制剤で樹状細胞やリンパ球といった免疫細胞を抑制することは,拒絶を抑えるとともに,がんに対する抵抗力も抑えてしまうというわけです.
肝移植後の新規悪性腫瘍(がん)の頻度と予後
肝移植患者において,新規悪性腫瘍(がん)の発生率は,脳死肝移植の多い欧米では毎年約1%(全体として3-15%)と報告されていますが,生体肝移植の多い本邦での学会報告では,全体として2-8%程度です.皮膚がん,血液がん,消化器がん,頭頸部がん,肺がん,泌尿生殖器がんの頻度が高いと報告されています.一般人と比較して,がんの罹患率(りかんりつ:ある集団で新たに診断されたがんの数を、その集団のその期間の人口で割った値)が約2-3倍高いこと,とりわけアルコール肝障害や原発性硬化性胆管炎(PSC)の病歴をもった人はリスクが高いと言われています.診断後の生存率は,一般的に同じがんをもった非移植患者の生存予測率より悪いことも報告されています.
移植後は,喫煙中止やアルコール摂取の制限に加え,定期的な全身のスクリーニング検査を行い早期発見に努める必要があります.特に拒絶などの理由で免疫抑制を強化している症例では重要です.
おわりに
新規悪性腫瘍(がん)は,肝移植患者にとって,長期における死亡や合併症の最も大きな原因です.移植患者における悪性腫瘍の性質を十分に移植医が理解し,移植医のみならず移植に携わるコメディカル(管理栄養士、理学療法士、作業療法士、臨床検査技師、診療放射線技師など)も含めて,予防と観察に十分心がける必要があると考えます.このように術後の悪性腫瘍を減少させることを目標とした取り組みは,長期成績を更に改善するものと思われます.
講演資料 肝移植後の晩期合併症 pdf
講師 北原征明 医師
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